ペンギンの飛び方

本を読んだりニュースを見たりして考えたことを、自由に書いていきたいと思います。

イニエスタのようにボールを扱うにはどうすればよいか 

 

少し煽ったようなタイトルになってしまいましたが、今回の記事では僕の5年間ほどの彼のプレーの観察と、実践(草サッカーではありますが…)によって到達した、一定の結論を述べてみたいと思います。

 

スペイン代表でFCバルセロナ所属のMFアンドレス・イニエスタのボールの持ち方には1つの大きな特徴があります。

この特徴がイニエスタのほぼ全てのプレーの土台となっていて、あの唯一無二で華麗な動きを可能にしています。

この特徴は、私たちがサッカーについていわゆる「テクニック(技術)」と言うときの、ボールコントロールの正確さに関連したものではありません。

よって彼のボールの持ち方は、それを意識して正確に実践すれば、誰にでも身につけることができますし、そうすればすぐに、イニエスタ程とまでは言えないまでも、飛躍的なプレーの質の向上が見込まれます(ただ、後に述べますが、この持ち方にはいくつかの欠点も存在しています)。

これから論じていくことを先取りし簡潔に述べれば、彼のボールの持ち方は、サッカーという競技の性質上、「原理的に上手い」と言うことができるでしょう。

イニエスタがあのような優雅なプレーが出来るのは、ボールコントロールが異常に正確だからでも、類まれなひらめきがあるからでも、あるいは、足が速いからなのでもありません。(最後の一つは措くとして、前の二つは確かにイニエスタイニエスタたらしめる要素の一つではあります。が、決定的なものではありません)

秘密は彼のボールの持ち方にあるのです。

(これから述べていくことはイニエスタのプレーの観察から得られた仮説と、僕自身の実践のフィードバック・ループの繰り返しで得られた僕なりの結論です。よって議論の中には、僕の主観的な経験や身体感覚から得られた知見も含まれています。僕自身は残念ながら人体の専門家ではありませんので、純粋に客観的で科学的な議論ではないことをご了承ください。)

 
ボールに対して体を斜めに45度開く

最初に、イニエスタ以外の大多数のサッカー選手のボールの持ち方を見てみます。

まず両足を肩幅ほどに開きます。(この幅については状況や選手に応じて変動します)

そしてボールを両足の間の15~30cm前方(この長さも状況や選手によって多少変動します)、それも右足寄りに置きます。(これ以降、特に断りが無い場合利き足は右足を想定しています)

これが普通の一般的なサッカー選手のボールも持ち方、あるいはボールの置き所です。

では次にイニエスタについて見てみます。

足を肩幅程度に開き、ボールを両足の間の約15cm前方の右足寄りに置くまでは、他の選手と変わりありません。しかしこの後が大きく違います。

イニエスタはこの後、体を右に45度開きます。すると足はそれにつられて、左足はボールの横15~20cm、前方5~10cmに位置することになります。

右足に関しては位置だけでなく足(つま先)の向きすらも変わっています。右足は、ボールの10~35cm後方(この距離は状況によって様々です)にあります。そして今にもインサイドキックかインフロントキックをしそうな状態です。つまり、足は75度~85度ほど右へ向きを変えているのです。

この一連の変化はいったい何を意味しているのでしょうか。この謎を解くには、サッカーにおいて、効率的で隙の無いボールの動かし方とはどういうものなのかについて考える必要があります。

 

「横移動」の合理性

100mや50m、いや10mでもいいですが、これらの距離を最も早いタイムで移動するにはどのような体の動かし方が適切でしょうか?

言うまでも無くそれは、足を前方に交互に動かし体の面に対し垂直に、要するに、「縦方向」に体を運ぶことです。

つまり、私たちがオリンピックの100m走で見るような、あの走り方ーそれはウサイン・ボルトでも運動会の徒競走でも変わりなくーが人体の移動におけるトップスピードを実現するには適した方法なのです。

しかし、この体の動かし方は、自分の足元にあるボールを猛然と奪おうとする人間が11人もいる、縦105m横68mの白線の中を、それを保持したまま移動するための手段としては決して適切なものとはいえません。

このような状況では、100mの距離を移動する早さではなく、せいぜい4,5m程の、それも多くの場合は数十センチほどの移動を繰り返したり、進行方向を変えたりする際の素早さや、体重移動のスムーズさが重要になります。もちろんこの際、足元のボールの存在を忘れてはいけません。

ここで登場するのが「横移動」です。僕はここからサッカーにおける横移動の合理性を検討するつもりですが、その前に上述でも触れたサッカー選手の一般的なボールの持ち方において、「縦方向」に移動するときの欠点を見てみたいと思います。

 まず、上述の持ち方では、ボールを体の面に対して垂直に、つまり縦に運ぶことは自然な成り行きです。なぜなら、足の前方にボールがあり、また、足はボールの方向を向いているので、体を前に進ませようと思えば自然にボールが足のつま先(や、甲の近辺)に当たるからです。

(サッカーにおいてはボールと体は前に運ばなければならないことを忘れてはいけません。ボールを取られないことは確かに重要ですが、この競技ではボールを相手ゴールのネットに入れるのが最終的な目的です)

さらにこれは前述の人体を最も早く移動させる方法とも一緒です。ですからこの動きは、一見非常に自然で魅力的なものに見えます。ところが実際にはこの方法は、多くの欠点を抱えています。

まず第一に、このやり方ではボールをタッチした後、ボールが体から大きく離れてしまいます。というのもこの移動方法は、右足でボールを前方に「蹴った」後、それを追いかけるという手順を基本にしているからです。

第二に、タッチ後のボールの動きと、その後の体の移動に連動性がありません。ボールの進む方向に体も移動させるには、ボールを蹴った右足の後ろに残った左足で強く踏ん張り地面を蹴る必要があります。タッチした右足にそのまま重心を移動させることはできないのです。

サッカーにおいては単純なミスを除けば、ボールを取られるときは基本的に2つの隙間を相手に突かれています。

1つは空間的な隙間。これはボールと体の距離です。

2つ目は時間的な隙間。ようするにラグです。これの例としては、ボールタッチを決断して体を動かし実際にボールを触るまでのラグや、タッチしてからの体の移動までのラグがあります。

体の前方に置いたボールをそのまま縦に蹴って運ぶ、というより追いかけるという方法は、このような隙間をいたるところに生み出すのです。

もちろん、それでもこれが、一定以上の距離を最も速いタイムでボールと体を一緒に移動させる方法であることには変わりありません。したがって、誰もいないピッチを端から端までドリブルするタイムを競うならこのやり方が理にかなっています。しかし、それはサッカーではありませんし、単にスピードを競えばいいのなら、ドリブルよりパスの方がボールの移動はよっぽど速いのです。

次に、横移動の利点の検討に移ります。

両足を肩幅に開いた後、右足の左真横にボールを置き、そのままインサイドでボールタッチし、左方向に体を移動(スライド)させてみましょう。そしてこれを数回繰り返してみてください。

横移動、つまり体の面に対して平行の移動においては、まずボールとタッチした足が離れることがありません。そして、タッチ後のボールの移動とそれを追いかけるための体重移動がほとんどラグなく行われていることに気づくはずです。つまり、ボールタッチとボールの転がり、体の移動が総てスムーズに連動しているのです。極端に言えば、体がボールを追いかけるのではなく、体の動きにボールが付いていく感じです。

これは、前述のボールを取られる際の2つの隙間が存在していないことを示しています。そしてもちろん、右方向への移動、つまりアウトサイドでのボールタッチにおいてもこの点は変わりありません。

僕は横移動がなぜこのようにスムーズなボール運びと体重移動を可能にしているのは説明できません。ただ、反復「縦」跳びと、反復「横」跳びでは、後者の方が速く出来ることが関係しているのではないかと感じています。

トップスピードに乗るには縦移動ですが、短い間隔を進行方向を変えながら反復するような動きは横移動の方が断然速い。サッカーで重要なのは後者のような動きの素早さやスムーズさであるとは、これまでに述べてきた通りです。

 

ここまで、(体の面に対して垂直という意味で)縦移動の欠点と、(体の面に対して平行という意味で)横移動の利点を説明してきました。

ですが、どこからともなく次のような声が聞こえてきそうです。

 

「縦に移動することの欠点は分かった。確かにボールを取られない為には横移動の方が合理的なのだろう。しかし、いつどんなときでも横移動するのか?サッカーは最終的には相手のゴールネットにボールを入れるのが目的だ。そのためにはボールを前に運ばなければならない。君は選手に、ベンチに体を向けながら、ゴールめがけてカニ歩きをしろというのか?」

 

この批判はある種の本質を突いています。

サッカーはボールを前に運ばなければならないスポーツです。ボールを保持する時間が長いチームが勝利というルールはなく、あくまで相手ゴールネットにボールを入れた回数で勝敗が決まります。

したがっていつかは危険を冒しても縦移動をしなくてはいけないのではないか。なぜなら、相手の守備網をかいくぐり、素早くボールを前に運び、シュートを打つ必要があるからです。その際には、横移動はひどく適さないように見えます。

イニエスタは、この横移動が本来的に持つ致命的な欠陥を、体を右に45度開くことで解決しました。

つまり、カニ歩きをすることなく、それなりの速度を保ったまま、横移動のときと同じか、それに近い体重移動の仕方で、ボールを前に運ぶことを可能にしたのです。

詳しく見ていきます。

体を右に45度開いた状態で、ボールを前に運ぼうとするとどうなるでしょうか?

実際にやってみると分かりますが、右足によるボールタッチの前に、左足がさらに一歩前に踏み込んでしまうことが分かると思います。

すると、左足は先ほどまであった場所ではなく、ボールの左前方(左斜め前)30cmほどの場所に移動します。当然この動きによって体の「開き」はより大きいものになります。つまり、45度から60~80度ほど、さらに右に開くのです。

踏み込んだ左足につられるように、次に右足でボールを前に運びます。右足は最初から右に大きく開いていますから、このタッチはインサイドで行われることになります。

するとどうでしょうか。結局このボールタッチとそれに続く体の動きは、体の開きと両足の位置関係や向きからして、インサイドによる左方向への横移動と、ほとんど変わらないものとなるのです。

そして、前段階の左足の踏み込みのあとは、実はアウトサイドでの後ろ方向(体との関係では右方向)への横移動も可能になります。つまり、体を45度開いた姿勢からの一連の動きによって、単純な横移動だけでなく、前後への移動の際にも、横移動に近いスムーズなボール運びが可能になるのです。

さらに、左足を踏み込む距離や、体を45度開く際の両足の微妙な位置の変化によって、あるいは、そもそも最初にどこを「0度」にするかによって、実際には全ての方向への移動を横移動か、それに近い体重移動の仕方で行うことが出来ます。

つまり、イニエスタのボールの持ち方は、横移動の利点を常に、最大限活用する為に、前後の移動に弱いという横移動の欠点を克服し、擬似的な横移動に瞬時に移ることを可能にするためのものだったのです。

 

「45度」の欠点

もちろん、イニエスタの持ち方も、万能ではありません。いくつかの欠点があります。主なものを、以下に示します。

①ドリブル時のトップスピードが遅くなる

②左足をあまり使えなくなる

②強いシュートが打ちづらくなる

 

1つ目は、基本的に無視できるものです。サッカーにおいてボールを保持した状態では、単純なトップスピードよりも、狭い範囲内での動きのスムーズさの方が、ほとんどの場面において重要だからです。

2つ目は、欠点として挙げましたが、特徴といっても差し支えないものです。この持ち方においては、左足はあまりボールを触る役割を持つことはありません。体重移動の先鞭をつけたり、ボールキープ時のブロック役として活躍することになります。つまり、左右の足で分業体制になるわけです。(完全な両利きの場合はともかく、ボールコントロールの正確さの観点で見れば、ボールを触るのはできるだけ利き足で行うことが望ましいと僕は思います)

最後に3つ目は、ある程度重大なものです。というのも、軸足である左足がボールより前にある状態では、ボールが体の懐に入りすぎてしまい(そもそもこれがこの持ち方の特徴です)、強いインパクトでボールをミートすることができません。というより、そもそもインステップでボールを蹴ること自体がいくらか難しくなります。

もちろん、だからといってこの持ち方がFWには適さないというわけではありません。シュートでボールにミートするその瞬間まで、45度体を開くことの利点を活用することが出来るからです。(とはいえ、例えば多少の「使い分け」は必要になるかもしれません)

 

最後に、イニエスタ以外でこのような持ち方をすることがある、あるいは近い持ち方をする選手を以下にあげておきます。

シャビ、ブスケッツ、イスコ、アザールモドリッチ、アルトゥール(グレミオ

なお日本では、フロンターレ大島僚太選手です。

 

 

 

 

「共同体の罪」に対する責任と「歴史修正主義」

 

小池都知事の最近の言動や、8月に放送されたNHKスペシャルの影響もあってか、過去の歴史と、現在を生きる私たちとの関係、あるいはそれに対して私たちが持つ責任などの議論に再び注目が集まっています。

今回の記事ではこのような議論に関連して、「共同体の(過去の)罪」に対して私たちは責任を負う必要があるのか(そもそも負うことが「できる」のか)についてのサンデルの見解を見たうえで、昨今メディアでもよく耳にするいわゆる「歴史修正主義」について、考察してみたいと思います。

 

共同体の過去の罪、つまり「先祖の罪」を現在の世代が償うべきか、あるいはそのような義務を生じさせる道徳的責任を我々が持つのかどうかという問題は、非常に根深いものです。

サンデルは著書『これからの「正義」の話をしようーいまを生き延びるための哲学ー』で、こうした責任の存在や、それに基づいて歴史上の罪に対して謝罪することを、原理的に否定するある主張を紹介しています。

それは、「歴史上の不正について謝罪する義務があるのは、あるいはそのような立場をとることができるのは、実際にその不正に関わった人間だけである。したがって自分が生まれる前の共同体の罪に対して、道徳的責任を持つことも、もちろん謝罪する必要もない」という主張です。

サンデルはこうした原理的反対論を退けるのは容易ではないと指摘します。なぜならこの反対論は、「道徳的個人主義という、現代政治や法律の基盤となっているような、魅力的な考え方に因っているからです。

 

道徳的個人主義の原理は…自由であるとは何を意味するかを主張しているのだ。道徳的個人主義者にとって自由であるとは、自らの意志で背負った責務のみを引き受けることである。他人に対して義務があるとすれば、何らかの同意ー暗黙裡であれ公然とであれ、自分がなした選択、約束、協定ーに基づく義務である。

…この考え方は、われわれは道徳行為者として自由で独立した自己であり、従前の道徳的束縛から解き放たれ、みずからの目的をみずから選ぶことができるという前提に立っている。習慣でも伝統でも受け継がれた地位でもなく、一人一人の自由な選択が、われわれを拘束する唯一の道徳的責務の源である

         (マイケル・サンデル 2011年『これからの「正義」の話をしようーいまを生き延びるための哲学ー』p335 ハヤカワ文庫)

 

こうした考え方は、明らかに近代化とともに進行し、また近代化そのものを形作ってきました。身分や伝統、地縁・血縁などの封建的なしがらみから抜け出し、自分の運命を自分で選択し切り拓いていく。こうした自由観は現代では多くの人が共有しています。もちろんこうした自由は、選択する個人に、それに伴う「責任」も、―時に耐えがたいほどの重さで―引き受けさせようとします。しかしだからといって例えば江戸時代のように、生まれた家によって人生がほぼ完全に決まってしまう時代に戻りたいと考える人は少ないでしょう。

このようにしてみると、共同体の過去の罪に対しての原理的反対論は、意外にも、私たちの日常感覚や直観に根ざしたものであると言うことができるように思われます。近代化を推進してきた自由主義リベラリズム)の論理を、純粋な形で敷衍させれば、「連帯責任も、前の世代が犯した歴史的不正の道徳的重荷を背負う義務も、ほとんど入る余地がない」のです。*1

 

サンデルは、こうした原理的反対論の有効性を認めたうえで、この主張の土台となる自由観には欠陥があると指摘します。そして、リベラリズムのいわゆる(しがらみから解き放たれ自由に選択できるという)「負荷なき自己」(unencumbered self)という自己観に対して、共同体の文化や伝統、歴史の中に「位置付けられた」あるいは「埋め込まれた」存在として、「負荷ある自己」(encumbered self)という概念を提起します。

サンデルはこの「負荷ある自己」という前提を基に、共同体の過去の歴史的不正に対しての現在世代の、「世代を超えた集団としてのアイデンティティから生じる道徳的責務」の存在を認めるのです。

 

リベラル派の自由の構想の弱点は、その魅力と表裏一体だ。自分自身を自由で独立した自己として理解し、みずから選ばなかった道徳的束縛にはとらわれないと考えるなら、われわれが一般に認め、重んじてさえいる一連の道徳的・政治的責務の意義がわからなくなる。そうした責務には、連帯と忠誠の責務、歴史的記憶と信仰が含まれる。それらはわれわれのアイデンティティを形づくるコミュニティと伝統から生まれた道徳的要求だ。自分は重荷を負った自己であり、みずから望まない道徳的要求を受け入れる存在であると考えないかぎり、われわれの道徳的・政治的経験のそうした側面を理解するのは難しい。

                              (同上 p346)

 

このような過去の歴史と今の私たちとの関係に関する議論は、戦争責任などのような国家的な問題だけにみられるものではありません。

例えば、最近は下火ですが、数年前中国人観光客のいわゆる「爆買い」がメディアを賑わせたとき、彼らの観光地でのマナーが大々的にメディアで取り上げられました。

雑誌や新聞、テレビやインターネットでも、中国人観光客のマナーは悪いという言説があふれ、それを国民性や民族性と結びつけるような議論もありました。

そんなおり、そのような風潮を戒めるようなものとして、次のような言説も目立ち始めました。それは「日本人も、バブルのころは海外観光地でのマナーはとても悪かった。現地の人からの評判は悪く、顰蹙を買っていた。」というものです。

このような物言いは、明らかにサンデルの言う「負荷ある自己」という自己観を下敷きにしています。

中国人観光客のマナーについて悪く言う人が、過去に海外の観光地で同じことをしていたなら別ですが、もしそうでないのなら「日本人だって」という指摘は、どれほど妥当性のあるものなのでしょうか。少なくとも、バブル以降に生を受けた日本人や、その時期小さい子供だった世代には理不尽な物言いであると、「道徳的個人主義者」は言うでしょう。*2

(とは言え、この例での「日本人も」という応答は、共同体の過去の罪に対する「責任」に関してのものというよりも、マナーの悪さを国籍とか民族と結び付けがちな当時の言説に対して、相対的なものの見方を提示して、そのような差別的な推論を防ぐために提示されたものであると考えられます。しかしそれでもこの「日本人も」という指摘が、日本という共同体への帰属を基にしたものであるということには変わりありません。)

 

ここまで、共同体の過去の不正に対する道徳的責任に関してのいくつかの議論を見てきました。これらをふまえた上でここからようやく、「歴史修正主義」について考えてみたいと思います。

まず「歴史修正主義」は、共同体の過去の不正に対する道徳的責任を拒否するという点では、上記の自由主義(「負荷なき自己」)をバックボーンとした道徳的個人主義者と同じです。

しかしその「拒否」という結論までの理路は異なります。

道徳的個人主義者は既にみたように、共同体の歴史上の不正について謝罪する責務があるのは、その不正に関わったものだけであるとする立場から、現在世代の道徳的責任の存在を否定するのでした。

一方「歴史修正主義」者は、そのような立場をとりません。彼らが現在世代の道徳的責任を拒否するのは、共同体の過去の罪に自身が関わっていないからではなく、そのような罪がそもそも存在しなかったと、彼らが考えているからです。

罪がもとよりなければ、それを償う義務は初めから存在しません。したがって彼らにとってみれば、現代世代だけではなくそのような「不正」を行ったとされる時代を過ごした先祖にも、責任はないのです。

こうした理路の違いからは、この二者の自己観に大きな相違があることが推察されます。

というのも、道徳的個人主義の考え方からすれば、過去の罪に対する現在世代の責任の拒否はしても、長年の学問的研究によって定説となっている歴史までも(明らかな嘘まで取り入れて)修正し、その罪の存在自体を否定する動機がないからです。

むしろ、道徳的個人主義者の立場からすれば、自己は共同体から独立しているのだから、共同体の過去の罪を認めることに、おそらく躊躇はありません。罪を認めたうえで、それでも自分に責任はないと主張することができます。

このように考えると歴史修正主義」者は、道徳的個人主義の前提となっている「負荷なき自己」という自己観ではなく、逆に「負荷ある自己」という自己観を持っているということが予想されます。

道徳的責任だけでなく、罪の存在までも否定するのは、共同体に「埋め込まれすぎている」、あるいは「位置付けられすぎている」*3がゆえに、その共同体の歴史が個人に課す責任、重荷(burden)に耐えられないからです。*4

しかし、もし仮に「歴史修正主義」者が共同体に「埋め込まれすぎている」ほど「負荷ある自己」なら、共同体の過去の不正も、責任をもって受け入れる方向もあるのではないでしょうか。

サンデルはまさにその論理で先祖の罪に対する道徳的責任の存在を認めているのです。同じ「負荷ある自己」という前提から、なぜ異なる結論が導かれるのでしょうか。

ここでそれについて詳しく論じることはしないですが、こうしたことの背景には、共同体への帰属という社会的アイデンティティの、自尊心高揚のための道具的利用があるのではないか、と僕は感じています。

ようするに、共同体の文化や歴史などが、その共同体の一員としての自分に名誉と誇りを与えるものである場合のみ、彼らはそれを受け入れるのです。しかしそうではない場合、つまり「不名誉」なものと感じられるときには彼らはそれを拒絶します。

それはおそらく、彼らが共同体を、サンデルをはじめとしたコミュニタリアンのように、自己を解釈し、発見するための場として、ある種運命的にとらえているわけではないからだと思われます。つまり彼らは共同体を、自身の名誉や自尊心を高めるための装置のようなものに過ぎないと考えているのです。*5

 

 

 

*1:とは言え現代のリベラリズムは、このような連帯責任や過去の罪に対する道徳的責任などを完全に否定するわけではありません。国民統合の手段として、共同体への帰属に根差したアイデンティティを形成することの重大性は認識しており、その中には歴史意識や相互義務の意識の共有も含まれます(リベラル・ナショナリズム)。そして何より、そうした歴史上の不正の多くはリベラリズムの考える「正義」と、全く相容れるものではないことがほとんどです(人種差別等)。したがってこのような罪を無視したり、あるいはなかったことにしたりすることは、リベラリズムの立場からは許すことができないものなのです。

*2:このような議論は、いわゆる「パクリ」問題についても言えます。

*3:このことを「国家と自分を一体視している」とか、「国籍に対する社会的アイデンティティが強い」などというふうに言えるかと思います。

*4:このような重荷に耐えられるかそうでないかは、他には経済状況や、社会関係資本など、さまざまな要素が絡んでいるのではないかと僕は感じています。

*5:これは、過去の記事で取り上げた「内集団バイアス」と「黒い羊効果」の議論にも関係していると思われます。

NHKの日米トップに対する報道の違い(ミサイル発射とハリケーン被害に関して)

 

このブログでは過去に何回か、(政治に関する)報道における「アクター中心主義」の問題について論じてきました。

 

human921.hatenablog.com

 

human921.hatenablog.com

 

報道における「アクター中心主義」とは、僕が勝手に作った造語で、簡潔に言えば、

 

1 人物の言動を中心にニュースを構成すること

2 ニュースの焦点が人物から離れないこと

3 報道内容が「誰が何をした、言った」から先へ進まず、人物から離れた言動それ自体の検証(例えば発言の真偽性や過去のそれとの整合性の検証)をしないこと

 

これらの特徴を持ったニュース報道を指しています。

 

さて、僕は現在、日常的にテレビのストレートニュースを見ることのできる環境にあるわけですが、このアクター中心主義に関して、ある感覚を少し前から抱いていました。

それは、この「アクター中心主義」的な傾向が、外国の政治アクターに対してよりも、日本国内のアクターに対しての方がより強く出るのではないか、というものです。

さて、今回たまたまこの日米両国の政治のトップが、似たような困難な状況を前にして、似たような発言をしたので、比較を試みたいと思います(出典はすべてNHKです)。

 

まず、アメリカのトランプ大統領からです。

テキサス州に上陸したハリケーンの大きな被害に対してのトランプ大統領の対応を伝えるストレートニュースです。

 

www3.nhk.or.jp

 

 まず、タイトルは「米大統領 米南部の大雨災害で万全対応を強調 」です。また、実際にテレビに流れた動画を見ると(リンク先ページにもあります)、右上のテロップにも、「米 大規模洪水で大統領 万全の対応 強調」とあります。

そして中身を見ると、

アメリカ南部に上陸したハリケーンに伴う大雨で、テキサス州ヒューストンなどでは大規模な洪水が起きていて、地元の警察が、水がつかった地域に取り残された人たちおよそ3000人を救出し、トランプ大統領は、「人命を最優先に地元の州などと緊密に連携している」と述べ、万全の対応をとっていると強調しています。

 

「復興は、長く、困難な道のりになるが、政府にはその準備ができている」と述べ、万全の対応をとっていると強調しています。

 

と、このような感じになっています。

注目するべきは、大統領の発言の紹介を「述べました」で終わらせずに、(発言によって)「万全の対応を取っている」という姿勢を「強調している」と言うことで、トランプ大統領自身や彼の発言から一歩引き、それにたいしてNHK独自の評価を加えている点です。

また、次のようなニュースもあります。

 

www3.nhk.or.jp

 

同じくテキサス州でのハリケーン被害に、トランプ大統領が現地入りの意向を示したことを伝えるストレートニュースですが、トランプ大統領がツイッターで政府各機関の連携とその対応を評価する旨のツイートをしたことに対しては、

 

トランプ大統領はツイッターに「政府機関の間ですばらしい調整がなされ、数千人が救助された」と投稿して順調な救助活動が行われていると自賛したうえで、「問題がなければすぐにテキサスに行きたい」とみずから現地入りする意向を明らかにし、そのあと、29日の訪問が決まりました。

 

と、このように書かれており、 ニュースの最後はこのような形で締めくくられています。

 

ハリケーンへの対応をめぐっては、2005年の「カトリーナ」の際に当時のブッシュ大統領が遅れを批判されて支持率が急落したこともあり、トランプ大統領は機敏に対応しているとアピールしたい考えと見られます。

 

一貫して言えるのは、どちらにもNHK独自の視点が入り込んでいるということです。

前者についていえば、ツイートの紹介を「指摘しました」のような形で締めくくってもよさそうなものですが、「自賛」という言葉を使い、(おそらく)批判的な意味を込めた紹介になっていますし、後者では、現地の訪問を「アピール」だと言っているわけです。

 

さて、次に日本の安倍首相に対してのそれを見てみます。

まず、このニュースからです。

www3.nhk.or.jp

 

まずタイトルは、「北朝鮮ミサイル 首相『断固たる抗議』」です。リンク先には動画はないですが、このニュース内容を伝えていた当時のテレビ映像では、右上のテロップには、「『国民の生命守るため 万全の態勢』安倍首相」とありました。

そして中身は、このような感じになっています。

 

安倍総理大臣は「北朝鮮が発射した弾道ミサイルがわが国上空を通過し、太平洋に落下した。政府はミサイル発射直後からミサイルの動きを完全に把握しており、国民の生命を守るために安全に万全の態勢をとってきた」と述べました。

 

 安倍総理大臣は「国連安保理に対して、緊急会合の開催を要請する。国際社会と連携し、北朝鮮に対するさらなる圧力の強化を、日本は強く国連の場において求めていく。強固な日米同盟のもと、いかなる状況にも対応できるよう、緊張感を持って、国民の安全そして安心の確保に万全を期していく」と述べました。

 

 前述のトランプ大統領に対しての報道との大きな違いは、発言の紹介を「述べました」で簡潔に終えている点です。つまりニュースを発言の紹介にとどめて、発言に対する評価は一切入っていないのです。特に前者は、トランプ大統領の例でいえば「自賛」と紹介されても不思議ではないような発言です。が、そのようにはなっていません。

もちろん、このようにすべてが発言そのまま紹介されるだけで終わるわけではありません。ミサイル発射には関係ないですが、今朝、このようなニュースもありました。

 

www3.nhk.or.jp

 

安倍首相が党役員と夕食をとった際に会談した内容を伝えるニュースですが、首相の発言はこのように紹介されています。

 

安倍総理大臣は交代した役員らをねぎらったうえで、先月の東京都議会議員選挙で自民党が大敗したことに触れ「私を含めて反省すべきは反省していきたい」などと述べ、謙虚に政権運営を行っていきたいという考えを示しました。

ここでは確かに、発言の紹介が「述べました」で終えられてはいません。しかしトランプ大統領の例のように、「強調しています」などと発言から距離を保った評価が行われているわけではなく、「考えを示した」と締めることで、鍵カッコ以降は、結局発言の大意を紹介しているにとどまっています。

 

これまで紹介してきた事例は確かに些細ですが、実際映像を見たり、あるいは文章で読んだりしてみると、非常に印象が違います。

同じ政治的アクターに対して、なぜこのような報道の差が生じるのでしょうか?その理由は僕にはわかりませんが、同日に同じような状況で日米の首脳が同じような発言をしたのにも関わらず、報じ方が異なるので、とても興味深く思い、この記事を書いてみました。

 

追記(8月31日)

ハリケーン被害で、トランプ大統領が被災地に訪れたというニュースが、NHKでも取り上げられました。

その内容が上記で引用したもの以上に、例として「典型的」だったのでここで紹介しておきます。

 

www3.nhk.or.jp

 

以下引用です。

 

 アメリカのトランプ大統領はハリケーンが上陸し、大規模な被害に見舞われている南部テキサス州の被災地を訪れ、政権の対応は万全だと主張し、みずからの発言への風当たりが強まる中、野党やメディアに批判のきっかけを与えないよう、被災者支援を最優先にする姿勢を強調しています。…

トランプ大統領は、今回のハリケーンについて、連日ツイッターに投稿し、政権の対応は万全だと強調しており、白人至上主義などをめぐるみずからの発言への風当たりが強まる中、野党やメディアに批判のきっかけを与えないよう、被災者支援を最優先にする姿勢を強調しています。

 

『ハクソーリッジ』と『小さな抵抗』

 

※映画のストーリーに関しての記述があります。

 

先日、映画『ハクソーリッジ』を見てきました。

沖縄戦において敬虔なキリスト教徒としての立場から戦場においても人を殺さず、それどころか武器すら持たずに衛生兵として数多くの兵士の命を救った、実話を基にした人物の話です。

僕は、この映画のあらすじを見た時から、以前読んだある本のことを思い浮かべていました。それが、タイトルにある『歌集 小さな抵抗』です。

この本の著者、渡部良三は、アジア太平洋戦争末期に学徒出陣によって中国戦線に送られ、そこで「度胸付け」として中国人捕虜を銃剣で突く刺突訓練に参加させられます。

彼はそこでキリスト者として捕虜殺害を拒否し、そのため凄惨なリンチを受けますが、それを耐えながら、戦場の体験を歌に詠み続けました。

『小さな抵抗』はその歌と、捕虜殺害を含めた戦場での体験が講演記録として収められている本で、戦場での道徳的な決断を、信仰という背景から下したという点から、『ハクソーリッジ』とは多くの共通点があるのです。

そういうことで僕は漠然と、『ハクソーリッジ』について、『小さな抵抗』での話と似たようなものが展開されるのだろうと予想していました。

ところが、僕の予想は裏切られました。

実際には『ハクソーリッジ』と『小さな抵抗』には、「汝、殺すなかれ」という戒律を実行に移すまでの回路に、大きな違いがあったのです。

具体的に言えば、『小さな抵抗』の渡部良三は、純粋にキリスト教の信仰に根差した「不殺」の決断でしたが、主人公デズモンド・ドスのそれは、信仰心からというよりもむしろ、カント主義的なものを僕は感じたのです。

 

まずデズモンド・ドスは、「日本の真珠湾攻撃に衝撃を受け」、「地元の仲間が皆志願しているから」という、当時実にありふれていたであろう動機から、自らの意思で陸軍に入隊します。

そこで彼は信仰心から、「人を殺さない」「武器を持たない」という決断をし、それを実行しますが、仲間からのリンチや軍法会議など度重なる困難に悩まされます。

葛藤を続けるデズモンドに、婚約者のドロシーは「プライドの問題なのではないか」と問いかけます。彼はそこで「そうかもしれない」「でもこれを破ったら、自分が自分じゃなくなる」と返すのです。

 これより前に、上官から「神の声が聞こえるのか?」と問われ「聞こえません。聞こえるという人はインチキです」と答えるシーンもあったのですが、それとドロシーとの問答を見て、僕の考えは確信に変わりました。

その考えとは、(映画の脚色の影響かは別にして)主人公デズモンドは、厚い信仰心からというよりも(信仰心はきっかけに過ぎず)、自らの意志の格率-「人を殺さない」「武器を持たない」-に従い自律的に行動する、カント主義的な道徳観を基に、これらの難しい決断を実行に移していたのではないか、ということです。

 

カントが定式化した道徳法則「定言命法」では、人間は、自らで定めた法則(格率)に義務の形で従う場合のみ、理性的な「人格」としての自由な存在となることができるとしています。

というのもカントは、本能や衝動を契機として、条件が常に伴う「仮言命法」(XのためにYする)によって行動するのであれば、人間は本能の奴隷に過ぎず、その意味で他律的で自由を持たない動物と変わらないと考えていたからです。

主人公デズモンドの「これを破ったら、自分が自分じゃなくなる」というセリフからは、戒律がいつの間にかアイデンティティとして自らの内に入り込み、それを遵守することが自分を自分たらしめている、つまり一個の人格として成り立たせているのだという確信が(その具体的な理路の自覚の有無は抜きにしても)垣間見えます。

捕虜の殺害を拒否した渡部良三はその点、刺突訓練で次が自分の番だと予感し、祈る中で神の声(「汝、キリストを着よ。すべてキリストに依らざるは罪なり。虐殺を拒め、生命を賭けよ!」)を聞き、それが最終的な決断の後押しとなるのです。

 

僕は『ハクソーリッジ』を見て、「人を殺せ」と命令される場面において、「殺さない」という道徳的な行動に至るには実に様々な回路があるのだということに改めて気づかされました。それがたとえ、信仰心によるものだとしても、その内実には、多くの要素が絡んでいるのです。

もちろん、極限状態において人間を道徳的な行動に導く宗教の力というのも見過ごせません。デズモンドと渡部の二者の根底には、やはりキリスト教への帰依がありました。

ところで、政治哲学者のハンナ・アーレントは、「汝、殺すべし」と命令されていたナチス体制下において、ユダヤ人を助けたドイツ人の行動について、道徳や良心の観点から考察しています。

彼女によれば、これらの人々は、必ずしも宗教的な人ではなく(それどころかアレントは、宗教的な信念はあまり役に立たなかったとも述べています)、さらには命令や法に従うか反抗するかについて葛藤もなく、ただ「わたしにはできない、死んだほうがましだ。もしもわたしがそんなことをしたら、生きる意味がなくなってしまう」と考える人々であったそうです。

このような分析からすると、デズモンドと渡部は、法を無視しユダヤ人を助けたドイツ人とは別の道徳観を持っていたようにも思えます。というのも、両者ともまず宗教がその道徳的な判断の基礎となっていますし、決断までの葛藤も非常に激しいものだったからです(特に渡部は刺突拒否の宣言のその直前までどうするか悩んでいます)。

とは言え、アーレントはまた別の重大な指摘もしています。それは、ユダヤ人を助けた人々は、「孤独」の中で「自己との間で無言の対話を続ける『思考』」を続け、立ち止まって考え、判断することを止めなかった者たちである、という指摘です。

『ハクソーリッジ』では、主人公デズモンドが、孤独に聖書を読むシーンが多くあります。そして、『小さな抵抗』の渡部良三は、厳しい軍隊生活の中で700首の歌を詠みました。このような創作活動は、多くの場合、自分と向き合う孤独な時間がなければ成しえないことです。

その意味で両者に共通して言えるのは、戦場での軍隊生活という凝集性の非常に高い共同体の中で、周囲とのコミュニケーションを断絶し、独りで自分と向き合うことのできる私的な時間・空間を持ち得ていた、ということではないでしょうか。

先ほど道徳的な決断までには様々な回路がある、と述べましたが、集団の支配的な規範が「汝、殺すべし」と命じるような極限の状況では、この「孤独」とは、そのような規範に立ち向かう勇気を生み出す必須の要素なのかもしれません。

 

 

 

 参考文献

渡部良三 2011年『歌集 小さな抵抗――殺戮を拒んだ日本兵岩波現代文庫

ハンナ・アレント 2016年『責任と判断』ちくま学芸文庫

 

「日本スゴイ」の時代比較

 

過去の記事では、近年のいわゆる「日本スゴイ」言説を、社会心理学(的な)観点から論じてみました。

それによれば、「日本スゴイ」という言説には、「内集団バイアス」と「黒い羊効果」という一見矛盾するようなロジックが内包されていたのでした。

詳しいことは当該記事を見てもらうとして、今回の記事では「日本スゴイ」の時代比較をー特に戦前から近年のそれの2地点に絞ってー試みたいと思います。

僕がこのようなことをやってみたいと考えたのは、今現在みられる「日本スゴイ」に対する論評や評価の中に、戦前行われていたそれと今のそれを同一視するものが多くみられたからです。

僕はこのような同一視に、何か心にひっかるものがありました。

というのも、「日本スゴイ」という帰結は一緒でも、そこへ向かう回路には全く異なるものが潜んでいるのではないかと感じていたからです。

そして、仮にこの違いを見過ごし続ける場合、何か深刻な事態につながってしまうのではないかと僕は懸念しています。

今回は僕の心のとっかかりを、前回と同じく社会心理学的な観点から文章に起こしてみたいと思います。

 
2つの視点の導入ー「差異化」と「同一化」ー

 前回の記事では、「日本スゴイ」を論じるうえで、社会的アイデンティティの理論を用いましたが、今回の記事も土台は一緒です。

しかし、前回出た視点だけでは戦前と現在のそれを比較することは難しいと僕は考えました。そこで、「差異化」「同一化」という視点を新たに加えます。

 

まず「差異化」ですが、これは内集団と外集団の差異を故意に、そして時に根拠もなく大げさに作り出すことを指します。

この現象は、「内集団バイアス」の性質上、必然的に起こると考えられるものです。

なぜなら、そもそも集団間の「差異」がなければ、内集団と外集団の比較の中で内集団を肯定的に認知し、その成員である自らの自尊心を高揚させるというプロセスが成立しないからです。

したがって集団間の性質が似ているほど、「差異化」への欲求は高まると考えられます。

次に「同一化」ですが、これは自(内)集団を、より(潜在的に)優位だと考えられている集団と同一視することを指します。

この現象は、内集団が相対的に劣位な状況に置かれ、所属集団から得られるアイデンティティが否定的な場合に起こる現象です。

内集団への評価が低い場合、それによって成員の自尊心を高めることは難しくなります。そこで、より優位な地位を持ち、そこへの仲間入りを果たすべきだと考えられる集団(準拠集団)と自らを同一視することで、肯定的なアイデンティティを得ることの必要性が高まるわけです。

 

ところで、この 「差異化」「同一化」は、互いに矛盾するものではありません。異なる対象を相手に、同時進行で行われることもあり得ます。

例を挙げます。

僕は東北地方の出身ですが、何らかの理由、例えば「田舎である」、などの理由で東北地方の出身であることや、その中のある県で生まれ育ったことに負の感情を抱いているとします。

この場合、僕が出身地から得られる社会的アイデンティティは否定的で、当然そこから得られる自尊心も低いものにとどまります。

僕のこの感情は、東北地方全体の性質(≒「田舎」)から生じるものであるので、このようなケースにおいては、東北地方という大きな集団から自らを離脱させるような(認知を与える)論理を構築しなければなりません。

したがってここで差異化は、自分の出身県と東北地方の他の県の差異を作り出す方向に、そして同一化は、その出身県を他の優位な地方(この例でいえば関東地方)と同化させる方向に向きます。

それにより「自分の県は東北の他の県が田舎な一方で、都会が多く、そのことは関東地方の人々も認めていて、彼らは我々を仲間だと思っている」、というような物語を作り上げるのです。

 

導入が長くなりましたが、これまでの議論を踏まえたうえで、ここから本題の「日本スゴイ」の時代比較をしてみたいと思います。

 
「戦争」と同一化の不存在

まず最初に戦前の「日本スゴイ」を考えてみたいと思いますが、それには考慮しなければならない重要な前提があります。

それは「戦争」、それも特に太平洋戦争と、それに付随する日本と欧米列強の対立です。僕はこの特異な時代状況が、明らかに当時の「日本スゴイ」にも影響を与えていると感じます。

まず差異化についてみてみます。

僕は早川タダノリさんの『「日本すごい」のディストピア』(青弓社)をはじめ、その他著作をいくつか読みましたが、この時代、もちろん例外はあれど差異化の対象にされている外集団は、多くが米英をはじめとした欧米列強です(独・伊はここでは措きます)。

戦時中のスローガン「鬼畜米英」が示すように、集団間の比較のため差異化され、貶めれられ、内集団である日本の価値向上の踏み台にされる外集団は、多くが欧米なのです。

しかしこの事態は、それまでの文明開化以降の日本を特徴づける言葉脱亜入欧とは全く一線を画しているように思えます。

明治期以降、その制度や文化を取り入れ、同一化の対象だった欧米が、なぜ差異化の対象になったのでしょうか。

そこに戦争と、それに前後する国家間の対立が関係しています。

一般的に言って、ある集団の別集団への同一化は、そもそも同一化の可能性がなければ、つまり、準拠集団への仲間入りを果たすことができると希望が持てる程度の、集団間の流動性がなければ、その実現は難しくなります。

あまりに差異のある、そして仲間であると承認される可能性もない外集団を、自集団と同一化することは非常に困難が伴うのです。

したがって戦争というこの時代特有の状況は、明治以降の日本の欧米との同一視の流れを、一時的に停止させていたと考えられるのです。

続けて同一化です

上の早川さんのものを始め、いくつかの文献を見る限り、この時代、同一化のための特定の外集団はありません。「日本スゴイ」の論拠は、多くの場合、日本人自らの手で構築した理論が基になっています。

つまり、「なぜ自分たちが優れているのか」を、他集団への同一化によらず、「自分たちの言葉と論理」で説明しているのです。

これには、かつて同一化の対象だった欧米が差異化の対象になったことや、植民地主義のこの時代に、同一化することで内集団の価値が向上すると考えられる、欧米以外の他集団が存在しなかったことが理由として考えられます。

しかし最も大きいのは、戦争遂行の正当化のためであると僕は考えます。

欧米列強の覇権を崩し、今まさに八紘一宇のもと世界の統治者とならんとするという目的のためには、その論拠を、日本以外の他集団との同一化による内集団の価値の向上に頼ることはできません。それでは論拠が弱すぎます。

このような壮大な目的においては、日本が唯一無二の絶対的な価値を持った優秀な国家であり民族である、と説かなくては、目的とそれに伴う手段の正当化は果たされないのです。

 

これまでの議論を踏まえれば、この時代の「日本スゴイ」は、戦争という特異な状況のもと出現した、特殊なものだったと言うことができます。

つまり、近年の「日本スゴイ」に関して参照される戦前のそれは、明治期以降の大きな時代の流れの中では、特定の時代背景をもとに、限られた期間の間にのみ有効であった、一種の突然変異であったと考えられるのです。

 
「同一化」の復活と切実な「差異化」

ここから時代を現代へと移します。まず差異化についてです。

端的に言って、近年の差異化の対象は、主に近隣のアジア諸国となっています。

それも特に、日本と文化的にも歴史的にも交流が深く、民族や人種上の形質も近い中国や韓国の二国に、「内集団バイアス」における自集団の価値向上のための外集団が設定されています。

では、かつての差異化の対象であった、英米をはじめとした欧米諸国はどうなっているのでしょうか。

僕が見る限り、これらの国々は現在では、明治期の「脱亜入欧」のように、再び「同一化」の対象となっています。

テレビや雑誌など、さまざまなメディアで展開されている「日本スゴイ」の言説の中で大きな比重を占めるのものに、外国人、それも特に欧米の人々が日本を褒めるというモチーフがあります。

この「褒める-褒められる」の関係は、既に挙げた東北地方の例の「自分の県は都会が多く、そのことは関東地方の人々も認めていて、彼らは我々を仲間だと思っている」、というものと非常によく似ています。

ここで展開されるのは、劣位にある集団が、より優位な集団、準拠集団から承認(≒褒められる)され、そのことをもって優位な集団との同一化を図るという構造です。

ここにおいては、もはや戦前のように内集団の優秀性を、自らが作り出した言葉と論理で説明する、というようなことはありませんし、そのような労力も無駄です。

戦争という極端な状況でもなければ、八紘一宇のような大きな目的もないからです。

ただひたすら、他のアジア諸国と自国との差異を作り出しながら、そのような国々とは「本質的に」異なる日本が、その優越性を欧米諸国に承認されるという言説を生産させ続ければ、日本の価値は向上(したように認知され)、その成員の自尊心も高揚するのです。

この論理を徹底させた書籍が、今年出版されたケント・ギルバート儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇 』(講談社+α新書)だと僕は考えます。

アメリカ人の彼が、日本と中国、韓国の差異を強調し、これら二国にはない日本の価値を「褒める」という構図が繰り返されるこの書籍は、内集団バイアスにおける「差異化」と「同一化」のプロセスを一冊の中で完結させた、ある意味で非常に合理的な書物なのです。

 

これまでの議論からすれば、現在の「日本スゴイ」は、差異化と同一化という観点からは、明治期以降の大きな流れに戻ったという一面もあるように思われます。

戦前のある時期に、人種や民族、文化的にも明らかに異なる欧米の国々を、わざわざ差異化の対象とすることは、そもそも不自然なことだったのです。

自集団に近い集団を差異化のための比較対象とし、準拠集団と自らを同一化させる…。こちらのほうが自然だし、準拠集団を欠くために同一化の対象を見失うこともありません。

よって自分たちの優秀性を説く論理を自分たちの言葉で調達しない分、客観的で公正であるようにも感じます。戦前の「偏狭」「独りよがり」の「日本スゴイ」は、結局、日本を破滅的な戦争に追いやったではないか…。

しかし、僕はこのような考えに(完全には)賛同できません。

なぜなら前述の通り、「差異化」やそれに伴う差別は、集団間の差異が小さくなり、ほとんど見えなくなるまさにその時に、より苛烈なものになるからです。

そもそも他のアジア諸国と日本を差異化し、欧米と自らを同一化することが明治以降の大きな流れなら、なぜ今になって「日本スゴイ」という言説がメディアを大きく賑わせ、それに注目が集まっているのでしょうか。

それはおそらく、他のアジア諸国が、経済発展し文化も欧化することで、日本とこれらの国々との差異が、自明のものではなくなったからだと考えられます。

社会的アイデンティティの観点から見れば、日本の優越性は、他のアジア諸国との差異の大きさと、それと表裏の欧米への近接性(という物語)によって担保されていましが、そのような構造は現在、大きく崩れています。

したがって現在の差異化は、戦前のそれより、ある意味では、切実なものとなっていると考えられるのです。

 

 

訪ねてまわったどこの土地でも、自己確認の対象として敵対するグループ同士、似ていれば似ているほどナショナリズムは暴力的だ。両者の違いが大きければ大きいほど対立は暴力を呼ぶというのが、理にかなった説明ではあるだろう。だが、少なくとも部外者には、セルビア人とクロアチア人の区別がつかぬのと同様に、アルスター人は見た感じも話しぶりもアイルランド人と変わらない。ところがその類似こそが、彼らをして、われらは対極にある者同士、と定義させてしまうのだ。*1

  

このようなアイデンティティの危機は、男らしさ、コミュニティ、国籍、宗教のいずれが焦点化されるにしても、アイデンティティを強化し明確化する要求を喚起する。文化のグローバル化の時代にあって、かつては異なっていた文化が国内的にも国際的にも似てきたということを考えると、これは困難になり、また切迫性を帯びるようになっている。

…差異は能動的に構築されなければならないものである。フロイトの用語でいえば、「小異にこだわるナルシシズム」は激しく強烈な紛争状態を生み出す。伝統は創造され、差異は即興的につくりだされる。*2

 

一般に信じられているところとは違い、ユダヤ人が集団虐殺の犠牲になったのは、彼らが同化の努力をしたにもかかわらず、虐殺政策から逃れられなかったのではない。そうではなくて、この同化の努力自体に対する反動として虐殺が行われたのだ。ユダヤ人が非ユダヤ化すればするほど、彼らはより恐怖の対象にされた。彼らの出身がばれないようになればなるほど、反ユダヤ主義の世論が彼らに投げかける呪いは激しさを増した。非ユダヤ化して他の住民の中に溶け込んでゆくことが、これほど激しい憎悪につながるなどと、啓蒙主義に育まれたユダヤ人にどうして想像できただろうか。彼らの敵が攻撃するのは、彼らの中に残存するユダヤ性だとばかり彼らは思いこんでいた。しかし実は非ユダヤ人というこの新しい身分こそが、まさに敵の恐怖と怒りを煽ったのだった。*3

 

 

参考文献

M.A.ホッグ/D.アブラムス 吉森護、野村泰代訳 1995年『社会的アイデンティティ理論ー新しい社会心理学体系化のための一般理論ー』 北大路書房

垂澤由美子/広瀬幸雄「集団成員の流動性が劣位集団における内集団共同行為と成員のアイデンティティに及ぼす影響」『社会心理学研究 第22巻第1号』pp.12-18 2006年

 

*1:マイケル・イグナティエフ 幸田 敦子訳 1996年『民族はなぜ殺しあうのか』p.346 河出書房新社 

*2:ジョック・ヤング 木下ちがや、中村好孝、丸山真男訳 2008年『後期近代の眩暈―排除から過剰包摂へ』p.82 青土社

*3:小坂井 敏晶『社会心理学講義〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 』pp.206-207 筑摩選書(原文:Finkielkraut,A.(1980) Le Juif imaginaire,p.88,Seuil)